第7章  渡りの航法
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 渡り鳥のうち小鳥たちの多くは夜間に渡りを行い、ツル、ハクチョウ、タカなどの大型の鳥は昼間渡りを行う。では鳥たちは長距離の渡りを行う時、どうやって方向を決めるのだろうか。

1 太陽コンパス
 まず昼間渡りを行う鳥たちについての実験と学説について紹介しよう。

・クラマーの実験

 等間隔に六つの窓をつけたかごに、例外的に昼間渡りを行う小型の鳥のホシムクドリを入れて飼育したところ、渡りの時期になるとある特定の方向を向くこと(定位)を確かめた。鏡を使って太陽光線の入る角度を変えると、鳥は人為的に仕組まれた太陽光線の向きに定位した。この実験で、太陽の光に反応して方向を決めることが確認できた。曇天の時にはこうした反応は示さなかった。

・マシューズの実験

 見渡す限り果てしなく広がる平地で、ハトやカモを一羽ずつ放し姿が見えなくなるまで観察し、鳥の飛んだ方向を記録したところ、晴天の時は一定の方向を示したが、曇天の時は方向が定まらないという結果が出た。これはクラマーの実験を野外に於いて実証したものと言える。マシューズは、この実験をもとにして太陽弧説を展開していった。

・太陽弧説〜緯度の識別〜
 太陽弧と地平線との角度は北へ行くに従って小さくなり、赤道までは南へ行くに従って大きくなる。鳥は太陽の位置と自分の位置の記憶を比較して、その角度の差によって緯度を知るという説。
 秋、太陽の高度が低くなっていく時期に、10日ほど暗闇に置いたハトを南へ移動して放したところ、10日前の太陽の高度の記憶に従って、放された場所の太陽の高度が低いので北へ運ばれたと思い、巣とは更に反対の南の方向へ飛んでしまった。

・体内時計と時差〜経度の識別〜
 ハトを4、5日間明暗の不規則な状態に置いて体内時計を狂わせて放した。体内時計を進めたハトは東へ、遅らせたハトは西へ巣とは反対の方向へ飛んだ。これによって経度の判定には時差が利用されることが証明されたとした。
 マシューズのこの仮説が全面的に支持されているとはいえないが、太陽が昼間渡りを行う鳥たちにとって何らかの方法で方位判定に使われていることは否定できないことであろうと思われる。
 1982年にケンブリッジで行われた国際鳥類保護会議世界大会に出席したおり、黒田長礼博士と一緒にこの会議の副会長であったマシューズ博士の案内で、遥かに地平線を見渡せる広い実験場と実験用のカモを捕獲する池を案内して頂いた懐かしい思い出がある。


2 星コンパス
 夜間に渡りを行う多くの小鳥たちは、何を目標にして飛ぶのだろうか。この問題の研究に最初に取組んだのは、ドイツのザワー夫妻であった。(1958年)

・ザワー夫妻の実験
 夜間渡る鳥は星座を目標にして飛ぶのではないかと推測し、ムシクイの仲間のノドジロやコノドジロを入れたかごをプラネタリウムに持ち込み鳥の行動を観察したところ、人工の星座の動きに定位を示し、しかもそれは鳥たちがドイツからバルカン半島を越えてナイル川の河口に至り、更に南へ渡る時の星座と一致した。この結果は衝撃的な驚きをもって迎えられ、学会誌のみならずリーダーズダイジェストなどの一般書でも紹介された。

・エムレン(米)の実験(1975年)と学説
 ルリノジコを使ってプラネタリウムでの実験を進め、鳥たちが北極星を中心に凡そ35度以内の北の星座を頼りに方向を定めることを確かめ、星座全体のパターンを覚え込んで、それを目当てにして渡りを行うとの説を発表した。さらに曇ったときや流星が発生したときは方向を見失い、戸惑うことも確認している。これら一連の実験をもとに、渡りは遺伝によるが、幼鳥のときから星座を記憶し、経験を重ねることにより、更に渡りの精度を増して行くと考えた。

・日本における渡り鳥の実験(中村司)
 濾紙を巻いて底にインクを染み込ませた洗面器大の容器にカシラダカを入れて、晴天と曇天の夜空を見せたところ、晴天では北の方向により多くの動きを示したが、曇天では顕著な方向性がみられなかった。この予備的実験の結果を受けて本実験を行った。
 東西南北とその間の方位を向いた8つの止まり木を作り、総ての止まり木にマイクロスイッチをセットして、鳥がどれに止まってもその方向と回数がコンピューターに記録される装置を作りその中にカシラダカを入れ、直径2.6mのプラネタリウムに北極星を中心とした星座を投影して、鳥の動きを調べた。渡りをしないホオジロでも同様の実験を行った。
 この結果、渡り鳥は常に星座に反応するのではなく、日照時間を13時間まで延長して渡りの衝動を起こす状態にしないと星座に反応しないことが確かめられた。またホオジロでは日照時間が13時間に達しても、星座に対する定位は全く見られなかった。
 日照時間を10時間から延長し、1時間毎に渡り鳥をプラネタリウムに入れて調べたところ、日照時間が13時間に近づくに従って方向性が徐々に南北の方向に移っていく様子が観察された。こうした渡り鳥の反応は渡りの衝動と星座への定位による方向の決定との関連性を示していると考えられる。


3 磁気コンパス
 鳥の渡りに関する磁気コンパス説の嚆矢は19世紀中頃のフォンミッテンドルフ(露)とされ、その説は磁極にあたる北シベリアのタイミール半島に渡りの経路が集まっており、渡り鳥は地磁気の影響を受けて北に移動するというものであった。地球科学の進歩に伴って近年この考え方が再考され、20世紀半ばになって科学的な実験がされるようになった。

・ハトによるイェーグレー(米)の実験
 合衆国東部のペンシルベニアに帰るように訓練したハトの関節に磁石をつけて中西部のネブラスカから放したところ、ペンシルベニアの巣とネブラスカの中間地へ飛んだ。この結果からハトは地球の自転で緯度を感じ、地磁気で経度を知るという地磁気と地球自転説を結びつけた考えを発表した。地球の自転による力学的影響が鳥の渡りになんらかの影響を与えているという説はアイシングやベーグランドらの学者も述べているが、地場によって強弱の異なる磁力を正確に感じ取ることが出来るような精巧な器官が鳥たちの体のどの部分にあり、どのように受容するのかという根本的な疑問は残されたままであった。

・ビルチュコ夫妻(独)の実験
 夜間に渡りを行うヨーロッパコマドリを使い、定位する際の磁気の影響を調べた。
 まず、微弱な地場を働かせて人工の星を見せても磁気の影響による方向性は示さなかったが、より強い地場を働かせた時は人工星に反応して磁力と関連したある特定の方向に定位した。次に磁気のみの影響実験では初めと同程度の弱い地場でも同方向に定位した。
 地場が渡りの定位に有効に働くと考えた夫妻はヨーロッパコマドリを長円筒形のかごに入れ、渡りの衝動でかごの中を動き回る状態の時に地場を与えて定位行動を調べたところ、鳥は視覚的手掛かりのない部屋の中でも定位した。しかし鳥の磁気感知器官とそのメカニズムについては不明のままであった。

・磁気感知器官への手掛かり!
 カーシュビンク(米)によって0.1マイクロmという極めて微量な酸化鉄の一種のマグネタイト(磁鉄鉱)が、ハトの頭部や小鳥類の頸部などの体内から検出され、この物質が磁気を感じる役目を果たしているのではないかと考えられるようになった。
 このような微少、微量なマグネタイトの測定が出来るようになったのは、超高感度磁力計(SQUID)が発明されたからで、上田一夫東大名誉教授から渡り鳥と留鳥のマグネタイト量の比較研究の提案があり、私(中村)も参加してカシラダカ、オオジュリン、ホオジロ、スズメの4種について残留マグネタイトの測定を行った。この時の研究測定では頭部、頸部とも4種間に有意的な量の差を見ることはできなかった。当時超高感度磁力計は全国でも2,3台しかなく、十分な結果が出せず残念な思いをした覚えがある。

・その後の研究
 第六章でも述べたが、ビルチェコ夫妻は幼鳥が渡りを行う時は地磁気をコンパスとして使い、成長するに従い太陽コンパスを取り入れるとの説を発表している。
 また、原田康夫広島大名誉教授は、ハトの耳内にある壺嚢(このう)が磁気センサーとして地磁気を感じて帰巣するという研究結果を発表している。これが渡り鳥についても実証されれば、更なる発展につながることが期待される。
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