第8章  渡りのメカニズム
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 1960年代における鳥の渡りの生理的メカニズムに関する研究は、新陳代謝に関係する甲状腺機能と渡りの関係を調べることが世界的にも主流であった。
 この時期私(中村)も、この課題について研究したことがあった。それによると、カシラダカでは1,2月の厳冬期にホルモン分泌が盛んになり、オオヨシキリでは7,8月の換羽期にその機能が旺盛になるという結果を得た。しかし、この結果が渡りとの直接的な関連性を持つという結論を得ることは出来なかった。他の研究者の論文にも、甲状腺機能と渡りの関係が結びつくといったものは見られなかった。
 その後私は、渡りを引き起こす気象要因の研究に力を入れたことと、小鳥から採血することへの抵抗感もあってこの分野の研究から離れていたが、平成になって排泄物からホルモンの測定が出来ることを早稲田大学の石居進教授から教えて頂き、聖マリアンナ医科大学の伊藤正則教授の協力を得て、トリチウム(重水素)を用いた放射免疫測定法(RIA)による研究実験を行った。この時私は定年を迎えていたが、幸運にも山梨大学の使用許可を得て実験を行うことが出来た。

<実験経過と結果>
 オオジュリンとホオジロに蛍光灯の灯を1日9時間から15時間まで徐々に延ばして当てることを繰り返し、その間毎週1回鳥の糞を集め、その中に含まれる雄ホルモンであるテストステロンの量をRIA法で測定した。扱う単位がピコ(1兆分の1)グラムという人間にとってはほとんど無に等しい量なので、ほんの些細なことで実験が駄目になることが再々であった。それでも何度も測定した結果、オオジュリンでは日照時間が12時間のときにテストステロンの量が異常に増加したのに対し、ホオジロでは測定値の変化はほとんど見られなかった。この結果から、テストステロンが渡りにとって重要な役割をしているものと考えた。これはまた、雄が雌より早く渡りを行う現象を生理的な面から検証したことにもなったと言える。
 次に雌のオオジュリンとホオジロのエストロジェンの量を同様な方法で測定したところ、両種ともに類似した測定値のパターンを示した。このことから、エストロジェンは渡りにとって直接の関係はなく、渡りに続く繁殖のために作用するのではないかと考えた。
 この結果を全米鳥学会と2002年の北京での国際鳥学会で発表し、ドイツのマックスプランク研究所長のベルトホルト教授らの理解と賛同を得ることが出来た。
 今後は、雌の渡りにおける雄ホルモンの測定や、秋の渡りが短日に向かって行われる際のメカニズムの研究解明が求められる。
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